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| 俳人
鈴木松什(しょうじゅう)の墓 | 鈴木松什(しょうじゅう)の墓が境内にある。文政天保頃の俳人。柴又で瓦製造を営み、地元の人々から慕われた。柴又の屋敷跡は、現在、葛飾区の観光施設「山本亭」となっている。
鈴木松什は、寛政10年(1798)柴又村に生まれ通称を安五郎、俳号を無有庵松什といいました。 瓦の製造を生業としていましたが、若くして俳諧の道に入り、当時江戸の俳諧師として名の知れていた寥松(りょうしょう)のもとで学びました松什は俳句のほか書画にも優れ、中央の俳壇までその名を知られていました。
気も散らで 暮れに及ぶや蓮の花
彼の編集した、句集「芭蕉翁発句類題集」などは著名なもので、嘉永6年(1853)松什の没後も柴又を中心に俳句が盛んに作られました。鈴木松什当区の生んだ文人の先覚として、この地域の文化に寄付した顕彰すべき人物です。 墓は鈴木家の墓地の左側、法名は「無有庵俊誉松什禅士」
※葛飾区指定文化財(史跡)です。
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